前回のつづき…
菊岡は、アスナと凛子に対し、キリトを誘拐した目的とラースの真の狙いがボトムアップ型人工知能の創造であること、そして、魂の複製には成功しているものの、現在の方式で作成されたコピーには構造的欠陥があることなどを丁寧に説明しました。
第六話「アリシゼーション計画」のあらすじと感想②
アニメでは原作の内容を大幅にカットし、短時間で説明が行われていますが、原作ではさまざまな情報を交えながら、ストーリーが進展していきます。
ここでは、原作の内容を補完しつつ、説明を進めていきたいと思います。
新生児の魂をコピーするアイデアの提案
「どうすればって…最初から成長させる…」
「――もしかして…」
アニメでは、現行の魂のコピーが持つ構造的欠陥をどのようにすれば解消できるのかという菊岡の問いに対し、凛子とアスナは驚くほどのスピードで答えを導き出します。
しかし、原作ではこの結論に至るまでに、比嘉が行った実験の話が挿入されています。
比嘉らが構造的欠陥を解消するために行った主な実験は、コピーの記憶を制限し、自分が誰なのかわからないようにすること。
しかし、実験の結果、急激なパニックは起こらなかったものの、記憶と同時に関連した能力もすべて失った悲惨なコピーが出来上がっただけに終わってしまいました。
そこで、比嘉ら科学者でさえ思いつくことすらできない方法を提案したのが菊岡でした。
その方法とは、生まれたばかりの赤ちゃんの魂をコピーするというもの。
理論上、複製したコピーからボトムアップ型人工知能を創造できる方法は存在しました。
その方法とは、コピーのデータ領域、思考、ロジック領域のすべてを制限することです。
しかし、それには途方もない時間(10年以上)をかけてフラクトライトを解析し、何億キュービットにも及ぶデータのすべてを完全に突き止める必要がありました。
何十年という時間を0にした菊岡の思いつきは、「ブレイクスルー」を起こしたといえるでしょう。
アスナの洞察力に対する菊岡の賛辞
話は変わりますが、アニメのシーンで少し気になったのがアスナの表情です。
彼女は、もしかして…と菊岡の思惑を察した素振りを見せていたにもかかわらず、菊岡の話を聞いた瞬間に驚いた表情を浮かべました。
原作では、アスナは全てを見透かし、力強い瞳で菊岡を睨みつけるシーンがあります。この部分は、しっかりと再現してほしかったですね。
「いよいよ、驚くべき洞察力だね。もっとも、キリト君と二人でSAOをクリアした……つまり、かの茅場晶彦をも出し抜いた英雄なんだから、こんな言い方は失礼というものかな」
この場面で、菊岡はラースの真の思惑を看破していたことと併せて、アスナに対して最大級の賛辞を贈っています。
精神原型の育成環境の問題点
©2017 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO-A Project
「でも…それを成長させる環境はどうするの?現実社会と全く同じレベルのものをつくるなんて…」
「――不可能だね。だが気づいたんだ。うってつけのものがネットワークの中に山ほど存在してるって」
驚くべき速さで進行するアニメ…。
原作では、新生児のコピーの話から育成環境の話になるまでにいろいろな話があるので、少し紹介します。
倫理的な問題に対するアスナの追及と比嘉の反論
まずはアニメで完全に無視されていた倫理的な問題について。
「あなたは……自衛隊なら、国なら何をしてもいいと思っているの?自分の目的がすべてに優先するとでも?」
アスナは、新生児の魂をコピーするという倫理観を無視した菊岡のやり方を糾弾します。これは当然の反応だと言えるでしょう。
それに対して、菊岡は赤ちゃんの両親にはスキャンの承諾を得て十分な謝礼も支払っているため、問題ないと弁解しました。
しかし、アスナは、魂のコピーをするなどの詳細な説明をしていないはずだと食い下がり、ラースの行いはクローン人間を作るようなものだと非難しました。
ここで助け舟を出したのは比嘉。
比嘉によると、生まれたばかりのフラクトライトには遺伝子ほどの個人差はなく、わずかな差(0.02パーセント)も慎重に削除して、フラットな状態にしているとのことでした。
比嘉は、人間の思考能力や性格は全て生後の成長過程で決定されると主張し、優生学を完全に否定しています。これは川原先生の思想なのかもしれません。
アリシゼーション編では、これまでの作品と異なり、川原先生の様々な思想らしきものが見え隠れしています。
アニメでは、おそらくほとんどカットされると思われますが、原作には興味深い点も多々あるのでぜひ読んでもらいたいものです。
精神原型《ソウル・アーキタイプ》の命名とその意味
話が少し脱線してしまいましたが、アスナは比嘉の説明にある程度納得したのか、倫理の問題についてこれ以上強く追及することはありませんでした。
ラースは、新生児の魂をコピーし、わずかな差異を削除したものを “精神原型《ソウル・アーキタイプ》” と名付けました。
凛子は、これが分析心理学(ユング心理学)をもじっているのではないかと菊岡に尋ねましたが、菊岡は、あくまでも機能面の話だと答えました。
「いやいや、思弁的に解釈するつもりはないよ、あくまで機能面の話さ。そうだな……精神原型は、全ての人間が共通して生まれ持つCPUコア、とでも考えてくれればいいかな」
育成環境の構築に失敗した経緯
人間は、精神原型というCPUコアに成長過程で様々な要素を増設することで完成します。しかし、それをそのままライトキューブにコピーしても、構造的な欠陥があることは、比嘉のコピーによる実験でも明らかでした。
そこでラースは、精神原型を最初から仮想世界内で成長させることができれば良いのではないかと考えました。
しかし、精神原型の育成環境を作ることは非常に困難でした。
現実世界の精巧なシミュレーションを作ろうとすると、必ず誤魔化しきれない違和感が生じてしまうのです。
菊岡はここで、ある映画を例に挙げています。
具体的な作品名は出していませんが、これは1998年のアメリカ映画 「トゥルーマン・ショー」のことだと思われます。
「いくらSTLによる仮想世界の生成が、既存VRワールドと違って3Dオブジェクトを必要としないと言っても、さすがにこの複雑怪奇な現代社会をそっくり作り上げることは難しい。
――アスナ君が生まれる前の映画に、こんな奴があったんだけど覚えているかな? 一人の男の、誕生から人生の全てをテレビショーとして放送するべく、巨大なドームの中に町のセットをまるごと建て、何百人ものエキストラを配置して、そうと知らないのは主役の男ばかりなり……という状況を作り上げる。だが、男が成長し、世界というものを学ぶに伴って、様々な齟齬が露見し、やがて男も真実に気付く……」小説「ソードアート・オンライン10 アリシゼーション・ランニング」
菊岡は、男が成長し、世界というものを学ぶにつれて齟齬が露見し、真実に気付くと言っています。
しかし、この部分は少し異なっていると思います。
成長して世界を学んだからではなく、一人の女性の行動によって、彼は真実に気付くきっかけを得たのではないでしょうか。
とても面白い映画なので、まだ見たことがない人はぜひ見てください。
VRMMOワールドを利用することへの着想
比嘉らは、規模や時代を変えて何度も育成環境を作ることにチャレンジしました。しかし、習俗や社会構造はもとより、家一つ作るにも膨大な資料が必要であることに気づき頭を抱えました。
そこでようやく、本物の世界を再現する必要はないということに気付きました。
限定的な地勢で、習俗や社会構造も自由に設定し、面倒な事象は全て魔法の一言で片付けられるような世界がすでに存在していたのです。
それがVRMMOワールドです。
状況は少し異なるかもしれませんが、しっかりと設定を煮詰めて理路整然とした世界を作ることが難しいため、自分で適当に設定を作り辻褄を合わせる “なろう小説” が人気なのも、同じような理由からなのかもしれません。
《ザ・シード》の活用
ともあれ、ラースは精神原型を成長させるためにVRMMOワールドを使うことにしました。
そのベースになったのは、茅場晶彦が作り、キリトが公開したシュリンク版カーディナル・システム 《ザ・シード》 でした。
©2014 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAOⅡ Project
また長くなったので一度ここで区切ります。次回は精神原型の育成の過程から。
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