先日、10月30日に公開されたアニメ映画『劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 星なき夜のアリア』が初週興収3億4900万円を記録したというニュースを見ました。
僕も公開日に鑑賞しましたが、ストーリーはやや微妙ながら迫力のある戦闘シーンは素晴らしかったです。
吉浦康裕監督の新作映画『アイの歌声を聴かせて』
その劇場版SAO公開の1日前、10月29日に公開されたのが『アイの歌声を聴かせて』というアニメ映画。
販促にあまり力を入れていなかったのか、僕の周りでこの作品を知っている人はほとんどおらず、公開日だというのに映画館はこんな有り様でした…
ガラッガラ(笑)
SAOの時はほぼ満席だったのに4、5人しかいなかったと思います。
僕自身、この作品を知ったのは公開日の10日ほど前。
ソフトバンクホークスの元監督・工藤公康さんの息子さんである工藤阿須加さんが声優として出演するというニュースを見て初めて知りました。
僕は基本的にテレビを見ないので俳優さんをほとんど知らないのですが、少し前にNHKオンデマンドで『なつぞら』という朝ドラを見たとき、良い役者さんだなあと思い、それ以来マークしていました(笑)
で、どんなアニメ映画に出演するのかと調べてみたら、監督はあの吉浦康裕さんじゃないですか!これは見ないわけにはいかないと予約までして鑑賞した次第です。
『アイの歌声を聴かせて』を観た感想ですが、ジャンルは違うので単純比較はできないけれど劇場版SAOに負けず劣らず面白かったです。
ミュージカルという新鮮な要素を含みながらも、難しくないストーリーで、老若男女問わず見てもらえるような普遍的な作品という感じ。
吉浦監督の代表作である『イヴの時間』に比べると話の内容が分かりやすく、映画単体で全体像だけでなく細かい点まで理解できました。まさに王道エンターテイメント!
プロ声優ではない俳優さんたちも良い演技をしていたし、終始作画に崩れもなく安定しており、クオリティはかなり高かったと思います。久しぶりにJ.C.STAFFの本気を見れたかなと。
個人的にはお金を払って映画館に行く価値のある作品だと思うので、是非圧巻のミュージカルシーンを映画館で観てみてください。
ブログ仲間アネさんの感想↓
アニメ『イヴの時間』を補完するメディアミックス
前置きが長くなってしまいましたが、本題はここから。
『アイの歌声を聴かせて』は非常に素晴らしい作品で面白かったのは間違いありません。しかし、僕はひねくれものを通り越したねじれものなので、バランスの良い作品よりも尖った作品に心を惹かれてしまう傾向があるんです。
新海作品で例えると、大ヒットした『君の名は。』や『天気の子』よりも『言の葉の庭』や『秒速5センチメートル』のほうが好きといった具合ですね。
なので、吉浦作品に関しても『アイの歌声を聴かせて』よりもやっぱり『イヴの時間』のほうが面白いと感じてしまいました。完成度は圧倒的に『アイの歌声を聴かせて』が上なんですけど。
初めて『イヴの時間』を観た時は「なんやこの作品…分からんことばっかりやん…」と頭に?が浮かびっぱなしでしたが、穏やかで優しい感じの雰囲気が心地よかったことを覚えています。
そして、アニメ単体では分からない事が多すぎるという点に逆に惹かれました。
リクオとピアノの関係やAIたちの行動、エンディングでなぜナギの手が透き通っているのか、サミィの過去の記憶に芦森博士と潮月の関係、トキサカ事件とは…などなど分からない事だらけ。
それらたくさんの謎の答えを僕に教えてくれたのが<メディアミックス>でした。
メディアミックス
複数のマス・メディアを組み合わせて展開する広告戦略。性質の異なるメディアを組み合わせることで,互いに補完したり,相乗効果をもたらすことが期待できる。
また近年ではマーケティングの分野においてもメディアミックスの語が用いられ,小説やまんがなどのコンテンツを原作として,映画化,ドラマ化,ゲーム化など別のメディアに展開することをさす場合もある。
『イヴの時間』の漫画・小説は名作
『イヴの時間は』2010年にコミカライズ&ノベライズされており、漫画版はヤングガンガンで2010年5号から2012年6号まで連載され全3巻、小説版は小学館ガガガ文庫より2010年3月に発売されています。
この漫画版&小説版『イヴの時間』は両方とも驚くほどクオリティが高く、説明不足気味のアニメ版の情報を補完し、さらに物語に奥行を与える存在に。
漫画版を担当した太田優姫さん、小説版を担当した水市恵さんの『イヴの時間』という作品に対する愛とメディアミックスの中にも何かしら自分らしさを出そうというこだわりのようなものが感じられる傑作です。
漫画版のキャラクターひとりひとりに対する深掘りやアニメでは明かされなかった設定の公開、漫画版の新たなエンディング、そして小説版の読みやすい中にも個性を感じる文章やリクオの心情描写、オリジナルエピソードにはたくさんの驚きと感動を与えられました。
それでは、漫画版を中心に個人的に印象的に残っている場面や文章を紹介しようと思います。
ただし、これから漫画や小説を読もうとしている人もいると思うので少なめに。
漫画・小説版『イヴの時間』印象に残っている場面や文章
短い時間かもしれないけど――楽しんでいってね(ナギ)
サミィの行動記録を頼りに辿り着いた路地裏のオフィスビルの裏。そこに『イヴの時間』はありました。
まずは物語の中心になるお店の店主ナギさんの一言から。
看板もなく無骨な金属製のドアがついただけの外観からは想像もできないオシャレな空間ですよね。
家の近くにこんな店があったら毎日通ってしまうかもしれません。
ご来店の皆様もご協力下さい♡
ルールを守って楽しいひと時を… 凪
アキコです よろしく!(アキコ)
ナギさんもかわいいけど、僕がこの作品で一番かわいいと思うのはやっぱりアキコさん。
よく動いてよくしゃべる元気いっぱいの女の子です。
初めてアニメを観た時はあまり好きなキャラデザじゃないなぁと思いましたが、しばらくすると慣れちゃって、ナギさんもアキコさんもサミィも皆かわいく見えるようになりました。
サミィやアキコさんみたいなかわいいハウスロイドがいたら多分ほとんどの男衆は”ドリ系”になっちゃうんじゃないでしょうか(笑)
アンドロイドに入れ込んでいるその様子を「アンドロイドホリック」、縮めて「ドーリック」、さらに揶揄して蔑むようなニュアンスを込めて「ドリ系」と呼ぶのが世間の風潮だ。
『イヴの時間 another act』p27
ちなみに小説版では「アキコをよろしくぅ!」となっています。
本当にどうでもいいことですが、僕的には暴走族の挨拶みたいなイメージで面白いので「くぅ!」のほうが好きです。
もっと人をわかりたいって思ったよ(アキコ)
アキコさんのセリフの中で一番、というか漫画版で1、2を争うくらい印象的なシーンがここ。
セリフもアキコさんの顔も最高で、この一コマにアキコさんの魅力が全て詰まっているといっても過言ではない!
そういえばアニメでは、角砂糖を持ちながら「全然違う」と言うシーンがありました。
これは全部お砂糖だけど、お塩ってお砂糖に似てるじゃない?外見はそっくりでも、全然違うモノ。味わってみてはじめて違いがわかるのよね。人間とアンドロイドもそう。
『イヴの時間 another act』p55
こんな感じで小説版は各シーンの補足も結構あるので面白いですよ。
自分のロボットが自分の知らない所で勝手な事してたら怖いだろうよ(マサキ)
これは正論。ロボットが命令された事以外の事を勝手にいろいろやっていたら怖いですよね。
「人間じゃないのに人間っぽいものがしゃべったり笑ったりするのって見ててぞっとする」(byカヨ)
別のシーンではこんなセリフも。
故スティーブン・ホーキング博士やビル・ゲイツはAIの脅威に対して警鐘を鳴らしていましたが、自己進化したAI(ロボット)が人間に対して危害を加えるような作品を観るといずれこんな時代が来るんじゃないかと怖くなることがあります。
・人工知能=AI開発 ゲイツ氏も「危険」 過熱する「AIは人類を滅ぼすか」論争
最近だと『Vivy -Fluorite Eye’s Song-』とか。昔ならちょっと違うけど『からくりサーカス』なんかもオートマータ(自動人形)が人間を襲いゾナハ病を巻き散らしたり。
人間に絶対危害を加えられないようにプログラムで縛ろうとしても、AIが人間より賢くなってしまえば簡単に抜け道を見つけそうだし。
今のところは漫画・アニメ作品のような”心”を持ったAIは存在しないので安心してはいますが、ブレイクスルーが起きてSAOでいう”トップダウン型人工知能”のような本物の知性を持ったAIが登場すれば人類の滅亡はすぐそこかもしれません。
僕も含め「AI=危険」という”不誠実な先入観”を持っている人はたくさんいると思います。
ですが、吉浦監督が描くAI作品は『イヴの時間』にしても『アイの歌声を聴かせて』にしても非常にポジティブ。
監督曰く「いい未来を描く映画というのもフィクションの役割」との事です。なるほどそういう考え方もあるか。
AIを自分たちと分離して考えているのが僕はイヤで、作っているのも人間だし使うのも人間なので、結局はテクノロジーって写し鏡だと思っているんです。だから使う側が正しければ正しい未来へ行くと僕は信じているし、そこに警鐘を鳴らすということも必要でしょうけれども、AIを扱った作品の8割がその方向性な気がして、だったら自分は、よりよい方向に向かっていくという未来を躊躇せずに描こうと思ったんですよね。ひたすらポジティブに描こうというのは、最初に決めていたところです。
「ひたすらポジティブにAIを描こうと決めていました」 映画「アイの歌声を聴かせて」吉浦康裕(原作・脚本・監督)×大河内一楼(共同脚本)インタビュー
最近のコーヒー おいしい……かも(リクオ)
リクオとサミィの絡みいいですよね。
アニメ版のAmazonレビューに、「なんでリクオはいつも怒ってるんだ」的な事が書かれているものがあったのですが、アニメではあまり語られていない事もいろいろありまして…
そのあたりも漫画版や小説版を見れば納得できるんじゃないかと思います。
とにかく、サミィの笑顔がもっと見たい!
でもあのコーヒーの事もサミィが僕のためにしてくれたんだって知った時嬉しいって思ったんだ
あの人の気持ちをわかる事ができるかなって思って…(サミィ)
「あの人がいつも弾いてたピアノを私も弾けたらわかるかなって――」
なるほどそう来たか…、太田さんの素晴らしい解釈。
アニメ版は「あの…私、昔リクオさんが弾いてたのを、その好きで、そしたらチエちゃんが聞きたいって、でもちゃんと弾いたことがなくて、それでも楽しそうに聴いてくれるから――」だったけど、僕的にはこっちのほうが素敵だと思います。
アキコさんの「もっと人をわかりたいって思ったよ」と通じる部分がありますね。
サミィは僕に叱られることを恐れていた。恐れていたのに、やめなかった。僕たち向坂家のために何かをしたい、もっと理解して喜んでもらいたい、そう思うことを諦めたりしなかった。
『イヴの時間 another act』p201
僕は原作厨寄りの人間なのですが、作品に対する強い愛があって、その上でキャラクターの心情などを掘り下げて自分なりの解釈をする作家さんは好きです。
リクオが再びピアノを弾くシーンは漫画版の見せ場のひとつで、太田さんのこだわりを強く感じる部分なのでぜひ見てもらいたい!
“命令”なんかじゃなくて――「約束」だったんだ(マサキ)
このシーンも上と同じ。素晴らしい解釈。
「これからも一緒にいてねテックス」
「ハイ 正和君ノゴ命令デスカラ」
テックスの事をロボットとしてではなく、”家族”として見ていたマサキの心情を深く描いたシーンです。
“命令”じゃなくて「約束」。いい言葉だ。
この世界にあふれている…不誠実な先入観が――(潮月)
人間とロボットの調和を願った潮月の言葉。
こんなポジティブなセリフを聞くと、「AI=危険」という不誠実な先入観を持った自分が間違っているような気がしてきます。まんまと吉浦監督の術中にはまってしまった(笑)
人間とロボットの調和といえば、僕が小説版で一番好きな文章はこれ。
カップに口をつけると濃厚な香りが広がっていく。酸味と苦味の調和を味わう。どちらが主張しすぎることもない、絶妙なバランス。それはまるで、人間とロボットの調和を願う、ナギさんの気持ちが込められているかのような味だった。
『イヴの時間 another act』p115
イヴレンドが飲みたくなる文章ですね。
そういえば、漫画のシーンで潮月と会話をしている芦森博士は、アンドロイドの体部分をつくった人物です(AIをつくったのは潮月)。
『アイの歌声を聴かせて』のシオンのフルネームは芦森詩音なので、もしかしたら芦森博士は若い頃に星間エレクトロニクスに所属していてシオンのボディをつくったのかもしれませんね。
僕の手伝いをしてくれないか 今の君だからできる事なんだ(潮月)
幼い頃、倫理委員会の構成員たちから仲良しのロボットを庇って高電圧を受け重傷を負ったナギ(トキサカ事件)。
サイバネティックスの導入を受け、ある意味人間と機械の融合物的な存在(サイボーグ)になったナギだからこそできる事があると潮月は言います。
サイバネティックス
アメリカの数学者ウィーナーが『サイバネティックス――動物と機械における制御と通信』(1948)で提起した科学理論。それは、著書の副題に示されているように、生物個体の行動と通信機械の動作の平行性、同型性から出発して、広く機械系、生体系、社会組織における制御と通信・情報伝達の構造を、基本的に同一の方法的視点で研究しようとするものである。
この後の「ノックをするんだ 人の心と ロボットのココロのドアを」というセリフにもグッとくるものがある。
それはそうと、アニメの潮月って凄く良い味を出してますよね。
野暮ったい見た目と、声帯と左腕にサイバネティックスを導入したというキャラデザ・設定も良いし演技も素晴らしい。
声を担当しているのは小谷公一郎という方。wikiを見るとドラマや映画、ナレーションの仕事がほとんどでアニメはなんと『イヴの時間』だけなんです。
最初はちょっと棒読みっぽいなと感じたけど、よくよく聞くとアニメ声優らしくない飾らないながらも深みのある演技で、妙に涙腺が刺激されるんですよね。不思議だ。
人もロボットも同じ窓から同じ風景を見ているんだって…(ナギ)
説明不要の名セリフ。
ここまで読んだら多分大多数の人が「人間とロボットは調和できる」派になっているはず。
ナギさんってまだ20代くらいだろうにめちゃくちゃ落ち着いてますよね。たくさんの経験が彼女を成長させたんでしょう。
「大人の定義って……、何だろう」
「自分以外の誰かのために何かできること、誰かのために生きられること、じゃないかな」
『イヴの時間 another act』p185
小説版のこの部分は凄くナギさんらしい。
「あなたが私ヲ、ここニ、呼んダ、のデスネ」
「名前ヲ、忘レ、ナイデ」
ナギさんは、抱きしめた両手を離さない。
動かなくなった機械人形を、離さない。
『イヴの時間 another act』p159
アニメ版ではカトランをいつまでも抱きしめるシーンが、ナギさんのロボットに対する愛情の深さをよく表していて印象に残っています。
いつもありがとう(リクオ)
そしてこちらは説明不要の名シーン。
サミィの笑顔がかわいすぎる。
ドリ系万歳!
Are you enjoying the time of EVE?
カップに記されている英字のロゴ。
今の僕は、迷わず答えられると思った。
『イヴの時間 another act』p271
小説の最後の一文も漫画版に負けず劣らず素晴らしい。
じゃーん どう?かわいいでしょ?(リクオ母)
番外編。リクオママに着せ替え人形状態にされるサミィ。めちゃんこかわいいです。
シュシュとかカチューシャもリクオママが買ってきたんでしょうね。
ちなみに漫画版の最後らへんにはこんなシーンも…
リクオの姉・ナオコとサミィが一緒に買い物をしているシーン。サミィの服、かわいいけどなんか凄い!
このシーン実はすごく興味深いんです。
「ああ、そうだ。コレ」
「そんな目でソレを見ないでくれる?」
「アレ、どこに行ってるの?」
『イヴの時間 another act』p22、p27、p170
サミィの事を基本指示代名詞で呼ぶナオコ。とある事情でナオコはサミィを含め「アンドロイド」という存在に対してあまり良い印象を持っていないんです。
でも人の気持ちは変わるという事ですね。
地味に良いシーンです。
最後に
実は、最初は『アイの歌声を聴かせて』を観た感想などをいろいろ書こうと思っていたんです。
でも、ついでにという感じでdアニで『イヴの時間』を見返してしまったが最後、アニメ→小説→漫画というサイクルに入ってしまい、いつの間にか『イヴの時間』の記事を書いていました(笑)
本当はもっともっと漫画や小説の名シーン・名言を紹介したかったんですが、あまりネタバレしすぎるのはいろいろな意味でよくないので厳選して少なめにしました。
アニメを観て「面白かった」や逆に「話の意味がわからなかった」という人は是非漫画&小説を読んでもらいたい!
特に漫画版はアニメだけでは分からない部分を補完する話が多いので物語をきちんと理解するには必須といっても過言ではありません。
ちなみに『アイの歌声を聴かせて』も漫画版と小説版が発売されているのですが、読んでみると物語をそのままトレースしたような設定に忠実な作品といった感じ。漫画版は1巻までしか見ていないけど。
良く言えば映画を絵と文章でもう一度楽しむことができる、悪く言えば新しい発見や感動はそれほどなく、面白みには若干欠けるといったところ。
とはいえ、小説版は読みやすい文章でバランスは良く、漫画版は絵のクオリティが高いので持っておいて損はないと思います。
『イヴの時間』や『アイの歌声を聴かせて』を観て面白いと思った人はメディアミックスにも目を向けてみてください。
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