前回の続き…

アリスがアドミニストレータと神々に対して独立を宣言した時、ユージオは夢の中にいました。
ユージオとアドミニストレータ
不自然なユージオの夢
©2017 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO-A Project
原作を読んでいる大多数の人は、このユージオの夢のシーンを見て首を傾げたのではないでしょうか。
一言でいうならあまりにも不自然。
ユージオが謎の声に呼ばれるこのシーンの導入部分は原作では以下のようになっています。
ユージオ。ユージオ……。どうしたの?怖い夢でも見たの……?
ぽっ、と柔らかい音を立てて、ランプに橙色の光が灯された。
廊下に立つユージオは、両腕に抱いた枕に顔の下半分を埋め、少しだけ開いた扉の陰に身を隠すようにして、部屋の中を覗き込んだ。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
原作では、この夢の中のユージオは年端もいかない子供として描かれており、子供の頃の夢を見ているような設定になっているのです。
- 子供の頃のユージオの姿で始まる
- 小さな部屋の左側のベッドにユージオを呼ぶ謎の人物
- 凍えるような冷気を避け、温もりを求めてベッドにふらふらと歩いていくユージオ
- ベッドに近づくほどに謎の人物の顔は見えなくなり、自身もさらに幼くなる(ベッドに登るのに抱いていた枕を踏み台にしないといけないくらい)
- ベッドに登った途端、柔らかい布を頭から被せられ何も見えない状態になる
- 謎の人物に背中を抱かれ、頭を撫でられる
- 毎日麦畑で働いているはずの母親の両手になぜ傷がひとつもないのか、右側のベッドで寝ているはずの父親やいつも邪魔をする兄たちはどこへ行ったのか、と疑問に思う
- 「ほんとに……あなたは、お母さんなの?」
そうですよ、ユージオ。あなた一人だけのお母さんですよ。
「でも……父さんはどこ?兄さんたちはどこへ行ったの?」
みんな、お前が殺してしまったじゃないの。
原作の大まかな流れは以上のようになりますが、アニメのユージオは子供の姿ではなく現在の成長した姿で、さらに明らかに母親ではなさそうな人物(アドミニストレータ)を”母さん”と呼び甘えるという、いきなりのメンヘラ化に本当に驚きました。
尺の都合でカットという事なら理解はできますが、このシーンは原作でもわずか2ページ。
今回の制作陣はこのシーンだけに限らず、これまでもユージオの心情や背景を悉くカットしています…。
これだけキャラクターの”深み”を削り薄っぺらくしてしまえば、今後もしユージオに何か悲劇的な事があり、その事を悲しむ視聴者がいたとしても、それはつながりのある線ではなく単なる点としてだけしか記憶に残らないかもしれませんね。
web版の頃から大好きで、書籍版で少し変わりはしたものの相変わらずの繊細さ、優しさ、心の強さを持ち、大きな悲しみを背負う人間らしいユージオというキャラクターがアニメ版で大きく魅力を半減させてしまった事が残念でなりません…。
眠るアドミニストレータ
ユージオは夢の中で自分の血塗られた両手を見て絶叫とともに飛び起きました。
目覚めたユージオがいたのは、精密な模様が編み込まれた深紅の絨毯がどこまでも続き、貴重な硝子を惜しげもなく使った総硝子張りの部屋…のはずなんですが、アニメではかなりこじんまりとした部屋に。
そして、完全な真円を描いた天井に描かれているのは光り輝く騎士たちと退けられる魔物、大地を分かつ山脈が描かれた創世記の絵物語…ではなく、白弓アニヒレート・レイを持つ”太陽神ソルス”と片手剣ヴァーデュラス・アニマを持つ”地母神テラリア”が描かれた絵物語に。
原作でもアニメでも、中央に位置しているはずの”創世神ステイシア”の姿はありませんが、原作ではステイシアが存在するはずの場所は純白に塗り潰され、”何とも言えない虚無感に支配された絵”という描写になっています。
上体を起こし、振り向いたユージオのすぐ後ろに存在したのは、驚くほど巨大なベッド。
差し渡しが十メートルはあろうかという円形のベッドの中央には横たわる人影がひとつ見えました。
自分がなぜこの場所にいるのかをぼやけた頭で思い出しながら、眠る人影の正体を知りたいという欲求に任せてユージオはベッドに右膝を乗せます。
ベッドの中央でユージオが見たのは、人形のように細い白く華奢な両手、輝くように白い肌、純銀を鋳溶かしたかのような睫毛と髪を持つ、可憐な女性でした。
最後に、ユージオは、女性の寝顔を見た。
その瞬間、魂を吸い取られるような感覚が訪れ、視界から他の全てが消え去った。
何という造形の完璧さだろうか。もはや人とも思えない。八十階で戦った整合騎士アリスも非の打ち所のない美貌だったが、しかし彼女の美しさはまだ人間の範疇に留まっていた。それが自然であり当然なのだ、アリスは人なのだから。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
ユージオが女性を見た瞬間、まるで催眠術にでもかかったかのように触れようとしたのは、彼女の持つ特殊能力のようなものかもしれません。
化物語の吸血鬼が持つ”魅了”の超強化版みたいなものでしょうか。
――いけない、ユージオ、逃げて!
ユージオがもう少しでベッドで眠る女性の滑らかな肌に手が届くというところで、どこかで聞いた事がある声がして、ユージオは我に返ります。
消去法で目の前にいる女性が最高司祭アドミニストレータに違いないと確信したユージオは、カーディナルから託された短剣を手に取りました。

しかし、ここでユージオの頭に迷いが生じます。
カーディナルから託された短剣は二本。
一本は村娘アリスを取り戻すために整合騎士アリスに対して使うもの、そしてもう一本はカーディナルの攻撃を助け、アドミニストレータを消滅させるためのものでした。
しかし、その貴重な一本をキリトがファナティオに使ってしまったため、残っているのはユージオが持っている一本だけになってしまったのです。

ユージオの最大にして最終の目的は”カーディナルの術でアリスを眠らせてもらい、記憶を回復させて本来のアリスに戻すこと”。
この短剣をアドミニストレータに使い、彼女を仮に倒せたところで、その目的を達成する事ができなければユージオにとっては何の意味もありません。(最高司祭を倒せれば短剣を使わなくてもアリスを元に戻せるかもしれないができるという確証はないため)
このシーンでユージオの判断に苛立ちを覚えた人が多いかもしれませんが、ユージオの行動原理は最初から全くぶれていないので仕方ないかなと個人的には思います。
ユージオ……逃げて………。
不思議な声が再び聞こえた気がしたユージオでしたが、その声が意識に届くよりも早くアドミニストレータの睫毛がかすかに震え、白い瞼がゆっくりと持ち上がりました。
この後、アドミニストレータがゆっくりと起き上がるシーンですが、このシーンの動きはよかったですね。
原作では”まったく重さを感じさせない動作でゆるゆると上体を持ち上げた”とありますが、何かに引かれるように起き上がる様を見事に表現していた気がします。(少しシャフトアニメっぽかった)
ユージオの過去
ここからアドミニストレータの詐術によって、ユージオの心は闇へと堕ちていきます。
陰と陽、全ての物事には表裏があるのですが、一面だけを強く意識させて追い込んでいくやり方は見事なものでした。
ただ、アニメのユージオは少しチョロすぎる気がしましたね…。
これは尺の都合で”ユージオの過去”が全く描かれていないところからきています。
ユージオは幼い頃から模範的なアンダーワールド人であり、父母や兄弟、そして友人たちを嘘偽りなく愛しました。
自分が行った行動で相手が喜んでいるのを見るのが嬉しく、それは意地悪な幼馴染のジンクやその仲間たちにも同じで、彼らが困った事があれば積極的に助けて回っていたのです。
しかし、ユージオが与えた愛の見返りに彼らがユージオにしてくれた事を思い出す事はできませんでした。
アドミニストレータの詐術によって物事の一面しか意識できなくなっていたユージオは過去に起きた”悪い部分”だけの記憶を思い出します。
十歳の春に”ギガスシダーの刻み手”という天職を与えられた時、ユージオは少し誇らしい気分になっていました。
それは、ギガスシダーの刻み手が開村の頃から受け継がれる名誉ある天職で、剣ではないにせよ本物の斧を与えられるから。(一部の子供から羨望の声も上がりユージオも決して不満に思わなかった)
しかし、その事を家族に伝えたユージオは愕然とします。
父や二人の兄はその事を全く喜んでもくれず、それどころか自分たちの仕事が減らない事や生産効率が上がらない事を毒づいたからです。(三人はユージオが自分たちと同じ天職を与えられると思っていた)
唯一味方になってくれるはずの母親も父や兄たちの顔色をうかがい、ユージオに一言もなく台所に消えていきました…。
それまでもユージオの母親は畑仕事や羊の世話、家事全般に追われて幼いユージオをあやしてくれる事などほとんどありませんでしたが。
神が与えた天職を一生懸命全うしているのに、家の中では常に肩身が狭く、さらにユージオの賃金を家族が勝手に使う事もしばしば。(羊が増えていたり農具が新品になっていたり)
衛士見習いに任命された意地悪ジンクは賃金を全て自分のために使い、立派な衣服を着て美味しい食べ物に舌鼓を打っているというのに、自分はというと、擦り切れた靴で歩き、売れ残った固いパンを食べている…

「ほら、ね?あなたが愛した人たちは、一度でもあなたのために何かをしてくれたことがあった?それどころか、彼らは、あなたの惨めさを喜び、嘲笑いさえしたでしょう?」
ユージオには返す言葉もありませんでした。
結局、ルーリッドの人々は誰ひとりとして、ユージオの気持ちに報いてはくれなかったのだ。差し出したものと等価の見返りを得る権利がユージオにはあったのに、それは不当に奪われていた。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
これらはアドミニストレータが巧妙に誘導したユージオの記憶の一面であって全てではありません。
しかし、これは事実であり、幼いユージオの心に大きな傷跡を残したのは確かです。
過去にこれほど悲しく辛い思いをしていても、初めて出会った見ず知らずのキリトに声をかけて助け、自分の不確定な将来に怯えるティーゼを励ますなど、優しさや強さを失わなかったユージオという”人間”が僕は大好きです。

それだけに、表面の一部分しか描かず、彼の持つ魅力の十分の一も伝えられていないアニメには残念な気持ちでいっぱいですね…。
永遠の停滞の中へ…
唯一拠り所にしていたアリスが幼い頃ユージオに隠れてキリトと密会しているシーンを見させられ、愛を与えられる事がなかった過去を思い出したことで、ユージオは完全にアドミニストレータの術中に。
――愛っていうのは……そういうものなのかな?
――お金と同じように……価値で贖う、それだけのものなのかな……?
心の深奥に残された一欠片の理性が、ささやかな抵抗を示しますが、ユージオはゆっくりと闇に堕ちていきます。
「欲しいのね、ユージオ?悲しいことを何もかも忘れて、私を貪り尽したいんでしょ?でも、まだだめよ。言ったでしょう、まずあなたが愛をくれなきゃね。さあ、私の言うとおりに唱えなさい。私だけを信じ、全てを捧げると念じながらね」
ユージオは、アドミニストレータに指示された術式の最後の一言を、ひとつぶの涙とともに囁き、永遠なる停滞の中へと誘われていきました…
「――プロテクション……」
挿入歌の「虹の彼方に」(ReoNa)が物悲しかったですね…。
「虹の彼方に」はアルバム「Forget-Me-Not」の3曲目です。
次回に続く…


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