前回の続き…
アリスがアドミニストレータと神々に対して独立を宣言した時、ユージオは夢の中にいました。
第十九話「右目の封印」のあらすじと感想②
アニメ版で描かれたユージオの不自然な夢
©2017 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/SAO-A Project
原作を読んでいる多くの視聴者は、このユージオの夢のシーンを見て違和感を覚えたのではないでしょうか。
一言で言えば、あまりにも「不自然」だったからです。
原作では、この夢のシーンは以下のように描かれています。
ユージオ。ユージオ……。どうしたの?怖い夢でも見たの……?
ぽっ、と柔らかい音を立てて、ランプに橙色の光が灯された。
廊下に立つユージオは、両腕に抱いた枕に顔の下半分を埋め、少しだけ開いた扉の陰に身を隠すようにして、部屋の中を覗き込んだ。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
原作では、この夢の中のユージオは年端もいかない子供として描かれており、子供の頃の夢を見ているような設定になっているのです。
- ユージオは年端もいかない子供の姿で登場。
- 小さな部屋の左側のベッドから、謎の人物にユージオが呼ばれる。
- 凍えるような冷気を避け、温もりを求めてユージオはふらふらとベッドに向かう。
- ベッドに近づくほどに謎の人物の顔は見えなくなり、自身もさらに幼くなる(ベッドに登るのに抱いていた枕を踏み台にしないといけないくらい)。
- ベッドに登ると、柔らかい布を頭から被せられ何も見えなくなる。
- 謎の人物に背中を抱かれ、頭を撫でられる。
- ユージオは、毎日麦畑で働いているはずの母親の手に傷がないことや、父親や兄たちの不在に疑問を感じる。
- 「ほんとに……あなたは、お母さんなの?」
そうですよ、ユージオ。あなた一人だけのお母さんですよ。
「でも……父さんはどこ?兄さんたちはどこへ行ったの?」
みんな、お前が殺してしまったじゃないの。
しかし、アニメではユージオは現在の成長した姿で登場し、明らかに母親ではない人物(アドミニストレータ)を “母さん” と呼び甘えるという、いきなりのメンヘラ化には本当に驚かされました。
尺の都合でカットするのは理解できますが、このシーンは原作でもわずか2ページです。
今回の制作陣は、このシーンだけでなく、これまでもユージオの心情や背景を悉くカットしてきました…。
キャラクターの “深み” をこれほど削ってしまうと、今後もしユージオに何か悲劇的な出来事があって、その事を悲しむ視聴者がいたとしても、それはつながりのある「線」ではなく単なる「点」としてだけしか記憶に残らないかもしれませんね。
Web版から大好きだったユージオというキャラクターは、書籍版で少し変化しつつも、繊細さ、優しさ、心の強さ、そして大きな悲しみを背負う人間らしさを持っていました。
しかし、アニメ版ではその魅力が大きく減じられてしまったことが非常に残念です。
原作とアニメの描写の差異:ユージオが目覚めた部屋
ユージオは夢の中で自分の血塗られた両手を見て、絶叫とともに飛び起きました。
目覚めたユージオがいたのは、原作では精密な模様が編み込まれた深紅の絨毯がどこまでも続き、貴重な硝子を惜しげもなく使った総硝子張りの広大な部屋でした。しかし、アニメではかなりこじんまりとした部屋として描かれています。
天井の描写も原作とアニメで異なります。
原作:完全な真円を描いた天井には、光り輝く騎士たちと退けられる魔物、大地を分かつ山脈が描かれた創世記の絵物語が描かれていました。
アニメ:白弓アニヒレート・レイを持つ “太陽神ソルス” と片手剣ヴァーデュラス・アニマを持つ “地母神テラリア” が描かれた絵物語になっています。
原作でもアニメでも、中央に位置するはずの “創世神ステイシア” の姿はありません。
ただし、原作ではステイシアが存在するはずの場所が純白に塗り潰され、”何とも言えない虚無感に支配された絵” と描写されています。
眠るアドミニストレータとユージオの葛藤
上体を起こし振り向いたユージオのすぐ後ろに存在したのは、驚くほど巨大なベッド。
差し渡しが10メートルはあろうかという円形のベッドの中央に、横たわる人影が一つ見えました。
ユージオは、自分がなぜこの場所にいるのかをぼんやりとした頭で思い出そうとしながら、眠る人影の正体を知りたいという欲求に駆られ、ベッドに右膝を乗せました。
ベッドの中央で目にしたのは、人形のように細く白く華奢な両手、輝くように白い肌、純銀を鋳溶かしたかのような睫毛と髪を持つ、可憐な女性だったのです。
最後に、ユージオは、女性の寝顔を見た。
その瞬間、魂を吸い取られるような感覚が訪れ、視界から他の全てが消え去った。
何という造形の完璧さだろうか。もはや人とも思えない。八十階で戦った整合騎士アリスも非の打ち所のない美貌だったが、しかし彼女の美しさはまだ人間の範疇に留まっていた。それが自然であり当然なのだ、アリスは人なのだから。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
ユージオが女性を見た瞬間、まるで催眠術にかかったかのように触れようとしたのは、彼女の持つ特殊能力のようなものかもしれません。
「化物語」の吸血鬼が持つ “魅了” の超強化版とでも言えるでしょうか。
「――いけない、ユージオ、逃げて!」
ユージオがベッドで眠る女性の滑らかな肌に手が届きそうになった瞬間、どこかで聞いたことがある声が響き、我に返ります。
消去法で、目の前の女性が最高司祭アドミニストレータに違いないと確信したユージオは、カーディナルから託された短剣を手に取りました。
しかし、ここでユージオの頭に迷いが生じます。
カーディナルから託された短剣は二本あり、一本は村娘アリスを取り戻すため、もう一本はアドミニストレータを消滅させるためのものでした。
ところが、キリトがファナティオに一本使ってしまったため、残っているのはユージオが持つ一本だけです。
ユージオの最大にして最終の目的は、“カーディナルの術でアリスを眠らせ、記憶を回復させて本来のアリスに戻すこと”。
この短剣をアドミニストレータに使い、彼女を倒せたとしても、その目的を達成できなければユージオにとっては意味がありません。
このシーンでのユージオの判断に苛立ちを覚えた視聴者も多いかもしれません。しかし、ユージオの行動原理は最初から一貫しているので、ある意味仕方ないのかなと思います。
「ユージオ……逃げて………。」
不思議な声が再び聞こえた気がしましたが、その声が意識に届くよりも早く、アドミニストレータの睫毛がかすかに震え、白い瞼がゆっくりと持ち上がりました。
この後のアドミニストレータの起き上がるシーンは、非常に印象的でした。
原作では”まったく重さを感じさせない動作でゆるゆると上体を持ち上げた” と描写されています。アニメでもこの表現を見事に再現し、まるで何かに引かれるように起き上がる様子が巧みに表現されていました。
その動きは少しシャフト作品を思わせるような独特の雰囲気を醸し出していたように感じます。
ユージオの辛く悲しい過去
ここからアドミニストレータの詐術によって、ユージオの心は闇へと堕ちていきます。
陰と陽、全ての物事には表裏があるのですが、アドミニストレータは巧みに、物事の一面だけを強く意識させてユージオを追い込んでいきました。
ただ、アニメのユージオは少しチョロすぎる気がしましたね。
これは尺の都合で “ユージオの過去” が十分に描かれていないことが原因だと考えられます。
原作では、ユージオの複雑な背景が詳細に描かれています。
幼い頃から模範的なアンダーワールド人だったユージオは、周囲の人々を心から愛していました
自分の行動で相手が喜んでいるのを見るのが嬉しく、それは意地悪な幼馴染のジンクやその仲間たちに対しても同じで、彼らが困ったことがあれば積極的に助けて回っていたのです。
しかし、ユージオが与えた愛の見返りに、彼らがユージオにしてくれたことを思い出すことはできませんでした。
アドミニストレータの詐術によって物事の一面しか意識できなくなっていたユージオは、過去に起きた出来事の “悪い部分” だけを選択的に思い出します。
10歳の春に “ギガスシダーの刻み手” という名誉ある天職を与えられた時、ユージオは誇らしく思いましたが、その喜びは長続きしませんでした。
家族はその天職を喜ばず、むしろ不満を示しました(自分たちの仕事が減らないことや生産効率が上がらないことを毒づいた)。
ユージオは一生懸命に天職を全うしているにもかかわらず、家庭内で肩身の狭い思いをしていました。さらに、彼の賃金を家族が勝手に使うなど、不当な扱いを受けていたのです(羊が増えていたり、農具が新品になっていたりと、証拠は明らかだった)。
対照的に、意地悪なジンクは衛士見習いとして優遇されていました。ユージオが擦り切れた靴で歩き、固いパンを食べる一方で、ジンクは立派な衣服を着て美味しい食事を楽しんでいたのです。
アドミニストレータの巧妙な心理操作
「ほら、ね?あなたが愛した人たちは、一度でもあなたのために何かをしてくれたことがあった?それどころか、彼らは、あなたの惨めさを喜び、嘲笑いさえしたでしょう?」
ユージオには、返す言葉もありませんでした…。
結局、ルーリッドの人々は誰ひとりとして、ユージオの気持ちに報いてはくれなかったのだ。差し出したものと等価の見返りを得る権利がユージオにはあったのに、それは不当に奪われていた。
SAOアリシゼーション・ディバイディングより
これらの記憶は、アドミニストレータがユージオの記憶の一面を巧妙に誘導したものであり、全体像の一部に過ぎません。
しかし、これらの出来事は紛れもない事実であり、幼いユージオの心に大きな傷跡を残したことは間違いありません。
優しさや強さを失わなかったユージオ
注目すべきは、これほどの辛い経験をしながらも、ユージオが優しさや強さを失わなかったことです。
初めて出会った見ず知らずのキリトに声をかけて助け、自分の不確かな将来に怯えるティーゼを励ますなど、ユージオは常に他者を思いやる心を持ち続けました。
このような複雑で深みのある “人間” としてのユージオの魅力が、僕にはとても心に響きます。
それだけに、彼の持つ魅力の一部分しか描けていないアニメには、非常に残念な気持ちを抱かざるを得ないのです…。
アドミニストレータの術中にはまり、闇へと堕ちていくユージオ
ユージオは、唯一の拠り所としていたアリスが幼い頃キリトと密会しているシーンを見せられ、さらに愛を与えられることのなかった過去を思い出させられました。
これによって、彼は完全にアドミニストレータの術中に陥ってしまいます。
「――愛っていうのは……そういうものなのかな?」
「――お金と同じように……価値で贖う、それだけのものなのかな……?」
心の奥底に残された一片の理性が、かすかな抵抗を示します。しかし、ユージオはゆっくりと闇へと堕ちていくのでした…。
「欲しいのね、ユージオ?悲しいことを何もかも忘れて、私を貪り尽したいんでしょ?でも、まだだめよ。言ったでしょう、まずあなたが愛をくれなきゃね。さあ、私の言うとおりに唱えなさい。私だけを信じ、全てを捧げると念じながらね」
ユージオは、アドミニストレータに指示された術式の最後の一言を、ひとつぶの涙とともに囁きました。そして、永遠なる停滞の中へと誘われていったのです。
「――プロテクション……」
挿入歌の「虹の彼方に」(ReoNa)が物悲しかったですね…。
「虹の彼方に」はアルバム「Forget-Me-Not」の3曲目です。
次回に続く…
コメント